私は「音楽のチカラ、仲間のチカラ」を信じています。 全国ナイスミドル音楽祭 実行委員長 宇崎竜童

記者会見時の宇崎竜童氏3月11日のあの瞬間、私は水谷豊さんと二人で、このニッポン放送・イマジンスタジオの中にいました。収録は一旦中断、2時間程待って「どうしようか?」「やっぱり収録しなきゃね」と最後まで番組を録り終え表に出たら、初めて大変な状況になっているのを知りビックリしました。
2時間かけて家へ帰ったんですが、それからというもの、自分の頭の中から音楽というものが全く無くなってしまって、2〜3週間は頭の中が真っ白なままでした。本当に音楽を聴くことも、作ることも、歌うこともできない状態だったんです。

記者会見時の宇崎竜童
その後少し落ち着いて、プロのミュージシャン、役者さん、タレントさんたちが被災地へ行って、チャリティー、炊き出しなどいろんな事をやっていらっしゃるのを見て、私もこの音楽祭を通じて何かしなきゃいけないと思ったんですが、被災地の人たちが、果たして音楽を聴く状況にあるんだろうか?また、そんな気持ちになれるんだろうか?…そんなことを思って、じっと我慢しておりました。


記者会見時の宇崎竜童そして5月あたりから、自分も単独で被災地へ行って、ライブを始めました。被災地の東松島、釜石、南三陸を回って感じたのは「あ、これはスタートだな」と。時間は掛かるけれど、みんながそれぞれできることをやっていく…この「トヨペット全国ナイスミドル音楽祭」も、今年は開けるのかな?という気持ちもありましたが、皆様のご協力を得て、仙台のホールで、例年とは少し形を変えて開催できることになりました。今回はチャリティーソングの配信など、新しい試みも用意しています。私は「音楽のチカラ、仲間のチカラ」を信じています。

宇崎 竜童 (うざき りゅうどう)
1946年2月23日 京都生まれ。 1973年にダウン・タウン・ブギウギ・バンドを結成しデビュー。
「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」、「スモーキン・ブギ」など数々のヒット曲を生み出し、作曲家としても活動を続ける。山口百恵の黄金時代を支えると共に、1976年には内藤やす子の「想い出ぼろぼろ」で日本レコード大賞作曲賞を受賞。映画音楽では「駅- STATION」(東宝1981年、「社葬」(東映1989年)などで、日本アカデミー賞優秀音楽賞受賞。役者としても「駅-STATION」と「ミスター・ミセス・ミス・ロンリー」で助演男優賞を受賞。
1984年、竜童組を結成。1993年には、井上堯之氏と共にバンドを結成し、1999年に解散。
2002年には、伝統芸能・文楽との競演『ロック曽根崎心中』を、当時 '80の編成・構成等から新しく、さらに芸術性を高め、約20年ぶりに東京にて公演。 2005年には同公演を東京(国立劇場)にて公演し、好評を博す。また同年の後半、蜷川幸雄演出『天保十二年のシェイクスピア』の音楽を担当し、2005年ミュージカル・ベストテンの特別賞を受賞。さらに2006年には、『ロック曽根崎心中』と『天保十二年のシェイクスピア』の音楽にて、第13回の読売演劇大賞の優秀スタッフ賞を受賞。
昨年2008年はデビュー35周年を迎え、記念アルバム『ブルースで死にな』と『BLOSSOM-35TH』を同時リリース。
他アーティストへの楽曲提供、プロデュース(最近では梶芽衣子「あいつの好きそなブルース」2011年5月リリース)、映画、舞台音楽の製作や自身のライブ活動、俳優として、幅広く活動中。今年は7年振りとなる自身のシングル『涙なんだ』(エイベックスより)も5月にリリース。「トヨペット全国ナイスミドル音楽祭」の実行委員長として5年目を迎える。
[ Official Site:http://ryudo.jp/ ]